50歳を過ぎて私は自分探しの旅を始めた。英語ではミッドライフ・クライシスというらしい。自分の人生やアイデンティティについて問い直す心の旅だ。おとなしく大学で決められた仕事をしていれば生活は安泰だ。家族はそれを望むだろう。しかし、私はもう自分をおろそかにすることに耐えられなくなっていた。自分のやりたいことは何だろうと自分自身に何度も問いかけた。いや、本当は何をしたいのか自分には分かっていたが、踏み出せずにいた。それは、私の研究人生の延長線上にあり、しかも私が研究室を出てソラシドで感じた<社会とのつながり>を可能にするもの。醤油の麹師になるということだった。
醤油づくりは私にとって生物学の実践に他ならなかった。醤油の麹を作ることで醤油を手づくりしたい人たちの手助けをし、おいしい食卓をみんなで囲む幸せをお届けしたい。あわよくば、みんなの幸せのお裾分けをいただいて私も幸せになりたい。私のやりたいことは定まった。私は大学に籍を残しながら麹師になる道を模索してみたが、それは叶わなかった。大学を退職し、新しい道へ進むことにした。