こっちのラボにあるものは試薬も機械も前のラボのものとは違うので、果たして何がうまくいってないのかを絞り込めないでいました。もちろん、こういう時の常套手段はポジティブコントロールを置くことです。いわゆる、ポジコン実験です。ポジコンとは、必ずうまくいくことが分かっているもののことで、ある実験を行う時にその実験系がうまくいってることを確認するために行います。本当は、実験を行う時は常にポジコンや、ネガティブコントロール(ネガコン)をおこなうべきで、本命サンプルの実験結果が想定外の結果となった時に、ポジコン、ネガコンがないと実験結果の信頼性を判断することができません。
(以下、専門用語の解説は省きます。)

というわけで、早速ポジコンを試してみるとこれはうまくいきました。試薬も機械も問題ないということです。ということは、問題なのは、いま行おうとしているPCRの条件設定が悪いってことです。でも、前回書いたとおり、プラスミドのPCRなんてPCRの入門編みたいなものです。普通失敗しようがない。でも、今回のPCRで一つだけ普通じゃないことがありました。プライマーの長さが異様に長いんです。対になるプライマーのそれぞれが70bpもある。しかも、そのうち鋳型と相補的な配列はそれぞれ20bpほどで、残りの50bpは鋳型となるプラスミドの配列とは無関係の配列です。この配列が何か悪影響を及ぼしているのか?と思い当たり、その場合に考えられる状況を思考実験してみました。考えられたのは、変性が不十分である可能性、プライマーダイマーの問題、そして、アニーリングが不安定である可能性です。

最初に考えた変性の問題は、可能性が低そうです。なぜなら、数kbいや、ゲノムのような数十、数百MbもあるDNAだって通常の変性条件で変性されるんです。プライマーの長さが70bpもあって通常より長いとしても、それでもたかが70bpです。変性されるでしょう。

二つめのプライマーダイマーの問題はあるかもしれません。実際、電気泳動してみるとプライマーダイマーのようなものがみえます。でも、プライマーをデザインする場所を変えられないので、このプライマーを使ってどうにかPCRを成功させる条件を見つけなくてはいけません。

3つめのアニーリングの問題は、通常アニーリング温度を下げる方向で検討しますが、45℃まで下げてもうまくいきそうな気配がありません。プライマーのTmを考えるとちょっと不思議です。そこで思ったのは、鋳型がプラスミドであるということ。プラスミドDNAというのはニックが入っていない限りスーパーコイル状(輪ゴムをよじった感じ)になっていて、通常のDNAよりも変性後にヨリを戻す力が強く働いているんじゃないかと考えました。(この考えが当たっているかどうかは知りません。あくまで作業仮説です。)もしそうだとしたら、ヨリ戻しの際に50bpのプラスミド配列に相補的でないプライマー部分からベリベリと剥がされていって、プラスミドと相補的な20bp部分のアニールにも悪影響を及ぼしているかもしれません。(全て妄想です。)

もしこの妄想(いや、作業仮説)どおりのことが起っているのだとしたら、プラスミドがスーパーコイル状でなければいいわけで、ってことは、PCRターゲットとなる配列の外側の制限酵素サイトでプラスミドDNAを切断し、直鎖状にすれば解決できるのではと考えました。

プラスミドDNAを制限酵素で切ってから鋳型として用いるなんて簡単なことです。早速試してみました。この時、コントロールとして、制限酵素処理をしていないプラスミドDNAを鋳型としたサンプルも同時にPCRします。

だいたい、妄想に基づいた試行は失敗するのが常なので大して期待してなかったのですが、PCR産物の電気泳動の結果をみて、目を疑いました。制限酵素処理の有無でまさに月とスッポンほどの差があったのです。あれほど苦労したPCRだったのに、鋳型を制限酵素処理しただけであっけなくPCRが成功したのです。それまで35サイクル回しても増えなかったバンドが20サイクルでビカビカ光ってました。あの感じだと、16サイクルくらいでも十分増幅されてそうです。こういう日の夜はビールで乾杯です。

これって、常識ですか?特に、酵母屋さんはしょっちゅうこれをすると思うんですけど、いかがですか?私はこんな簡単な対処でPCRが劇的に改善するなんて今まで聞いたことがないです。どなたかご存じでしたら教えて下さい。

以上、<<鋳型の配列と無関係な長い配列を付加したプライマーを用いてプラスミドをPCRする時は、プラスミドを制限酵素処理して直鎖状にしてみて下さい>>というお話でした。同じような状況でPCRがうまくいかない方がいらっ
しゃったらぜひ試してみて下さい。

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