うちの教育方針は、「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」ではありません。「人の心の痛みがわかる優しい子」に育ってほしいと思っています。

今日、遊びに行った先で、息子が非常に許しがたい発言をしました。恥ずかしいやら、悲しいやらで辛い一日となってしまいました。

家に帰った後、息子に徹底的に説教しました。謝らせて一度許したあとも、こちらの感情は収まらず、息子が何を話そうと、そこから説教モードに入ってしまう有様です。挨拶もろくにできないし、人の目を見て話すこともできない。恥ずかしいからという理由で免除されるものじゃない。恥ずかしくたって何だって、人として社会で生きるための最低限のマナーを身につけてほしい。

今からガミガミ言ってれば、立派な大人に育ってくれるかもしれません。でもほんとにそうでしょうか?三つ子の魂百までという言葉もあります。自分に不足しているものを常に意識し、それを克服する努力を続けていかなければ、彼は将来苦労してしまうでしょう。社会的に ”まとも” な人間に育ってほしいだけなのに、そのなんと難しいことか。

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