Bloom, J. D., Labthavikul, S. T., Otey, C. R., and Arnold, F. H. (2006).
Protein stability promotes evolvability. Proc Natl Acad Sci U S A103, 5869-5874.

タンパク質の構造安定性が進化可能性に寄与することをコンピュータシミュレーションとin vitroの実験の組み合わせで示した論文。Corresponding authorのFrances H. ArnoldはCaltechの教授。女性。Directed evolutionと彼らが呼んでいる方法で、酵素タンパク質などの構造に変更を加えることで酵素活性の向上を試みたりしている。タンパク質レベルで考えたとき、進化とは酵素活性の上昇、構造安定性の増加、新規基質に対する酵素活性の獲得を意味する。タンパク質レベルの進化においても、個体レベルの進化と同様にダーウィニズムが適用されると考えられる。著者らは20アミノ酸からなる二次元格子上の仮想タンパク質 (Lattice protein) の構造安定性と、同じく二次元格子上の6アミノ酸からなる仮想リガンドに対する親和性をコンピュータシミュレーションを行った。


格子タンパクの構造安定性はフォールディングの際のギブス自由エネルギー変化量 (deltaGf, dGf) で示される。dGfが負の値を取るとき、タンパクは折り畳まれ、正の値を取る時は折り畳まれていない(すなわち、変性状態。もちろん、タンパクとしての機能を発揮することもできない)。シミュレーションに用いた格子タンパクはdGf値が-0.5のもの (original model protein) と、あらかじめDirected evolutionの方法で作り出したdGf値が-1.5の、より構造安定性の高い格子タンパク (stabilized model protein) をparent proteinとして用意する。Original model proteinとStabilized model proteinのそれぞれに対してコンピュータによってランダムな塩基置換を施し、それぞれから1500種からなる突然変異体ライブラリーを作製した。それぞれから得られた変異体タンパク群の構造安定性、新規リガンドへの結合性の獲得を調べたところ、Stabilized model proteinのほうが突然変異の導入
による構造安定性の低下に対してロバストであり、新規機能を獲得した変異体の数についてもOriginal model protein由来の変異タンパク群に含まれていた新規機能獲得タンパクが15であったのに対し、Stabilized model protein由来の変異タンパク群に含まれていた新規機能獲得タンパクは56であったことから、構造安定性が進化可能性に寄与していることが示唆された。


コンピュータシミュレーションで示された構造安定性の進化可能性への寄与は実際のタンパクについてもいえるのだろうか?著者らは構造安定性(注)の異なる2種類のチトクロームP450 BM3をParentとして、それぞれからerrorprone PCRによって作製された突然変異体ライブラリーに含まれる変異タンパク群の構造安定性、機能向上、および新規基質に対する触媒活性の獲得について調べ、実際のタンパクにおいても構造安定性が進化可能性へ寄与していることを明らかにした。
(注)タンパク質は不可逆的に変性してしまうので(折り畳み状態/変性状態の)平衡状態を熱力学的測定することによって得られるdGf値を得ることができない。そのため、本物のタンパクの構造安定性の尺度として、10分間の静置後に半分のタンパクが活性を失う温度 (T50)を用いている。構造安定性の異なる2種類のチトクロームP450 BM3のうち、安定度の低いほうはT50=47C、高いほうはT50=62Cとなっている。


さて、この実験からいえることは何だろう。まず言えるのは、一般的に言って構造安定性とタンパク質の機能は相容れないものではない、すなわち機能を保ったまま構造安定度を高めることができる。とはいうものの、新規機能を獲得した個々の変異体レベルで見ると新規機能の獲得は構造安定性の低下を伴ってしまうようだ。そうすると、もともとの構造安定性が高いほうが変異による
安定性の低下に対して寛容なので、その分だけ新規機能を獲得した変異タンパクを多く生み出すことができるといえる。

では、実際の自然界に戻って考えてみよう。個体の生息環境下において自然淘汰を受けた結果存在している野生型タンパクの構造安定度はどうなのかというと、じつは生息環境下で必要とされる構造安定度より少しだけ安定なだけであることが多い。これは、自然淘汰はタンパクの機能について働くものであり、同じ機能を有するなら構造安定性は中立的で淘汰を受けないと考えるれば納得できる。仮に構造安定性を増すような突然変異が集団内に生じたとしても、それは中立変異だから排除されることもないかわりに積極的に正の淘汰を受けることもないだろう。ということは、自然界におけるタンパク質進化はこの論文にあるようなタンパク質の構造安定性を高めることによって進化可能性を高めるという戦略をとることができないことになる。したがって、タンパクの機能進化が起こるときには構造不安定化が伴うことが普通であると考えられる。もちろん、折り畳まれなければ機能を発揮することができないので生得的に安定度の低いタンパクを折り畳み、その構造を維持する仕組みが必要になってくる。

素晴らしいことに、それに関わる仕組みがちゃんと細胞に備えられている。分子シャペロンである。進化の過程において、個体の生存に有利な新規機能を有する変異タンパクが生じたとき、それ単独では安定な構造を作れなくても、分子シャペロンの働きによって折り畳まれ、またその構造が分子シャペロンによって維持されることで新規機能を発揮し、正の淘汰を受けることができるだ
ろう。さらに、機能を維持したまま構造安定性を増すような変異がその後に起これば、その新規タンパクは分子シャペロンへの依存性を弱め、多少の環境変化によっても影響を受けない”信頼できる”タンパクとなるだろう。

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