僕のいるフレッド・ハッチンソンがん研究所は3人のノーベル賞学者を輩出しています。リンダ・バックはそのうちの一人で、2004年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。受賞理由は臭いを感じ取るしくみの解明です。彼女の研究室は僕のいる研究室と同じ建物の一つ上の階にあります。
5月11日、所内の講堂で彼女の講演が開かれました。講演内容はもちろん臭いを感じ取るしくみについてです。彼女の仕事についての詳しい解説はしませんが、彼女の醸し出す雰囲気、そしてその発表のパフォーマンスに感銘を受けました。人前で話をするというのは非常に個性が出るもので、興奮してまくしたてるばかりで何が言いたいのかまるで伝わってこない発表もあれば、消え入りそうなモノトーンボイスで子守唄のように聴衆を眠りへといざなう発表も少なからず見受けられます。リンダ・バックの講演はそのどちらとも一線を画するものでした。例えて言うならば、良質の推理小説を読むような感じでしょうか。大げさなジェスチャーも、ジョークもありません。そんな過剰な演出などなくても、落ち着いた口調で明瞭に発せられる一言一言が聴衆を彼女の世界へと引き込んいくのに十分な魅力を持っていました。